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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)892号 判決

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) 衣川峯生

控訴人 衣川謙三

右両名訴訟代理人弁護士 浜田博

右訴訟復代理人弁護士 武川襄

同 遠藤幸太郎

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 衣川勝己

右訴訟代理人弁護士 伊場信一

右訴訟復代理人弁護士 藪下豊久

同 畑井博

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

(控訴人ら)

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

控訴につき

主文と同旨。

附帯控訴につき

控訴人衣川峯生に対する原判決別紙第一目録記載の土地についての所有権移転登記手続請求の予備的請求として、控訴人衣川峯生は被控訴人に対し、原判決別紙第一目録記載の土地について農地法三条による知事の許可を条件として所有権移転登記手続をせよ。

第二主張及び証拠関係

次のとおり付加、訂正するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目表九行目末尾から二字目の「と」を削除し、四枚目裏七行目の「山本与八」の次に「(第一、二回)」と、同八行目の「原告本人尋問」の次に「(第一回)」と、五枚目表四行目の「原告本人尋問」の次に「(第二回)」と加える。)。

一  主張

(控訴人ら)

第一土地は、もと訴外川崎松太郎及び同川崎宇一郎の所有であったところ、自創法三条による買収処分の対象となり、次いで同法一六条により衣川市内に売り渡されたものである。

仮に第一土地が被控訴人所有の第四土地と交換されたものであるとしても、被控訴人は、農地である第一土地の取得につき知事の許可を得ていないから、第一土地の所有権を取得しえないものである。

(被控訴人)

1 被控訴人は、農地である第一土地の取得につき農地調整法四条所定の知事の許可を得ていないが、第四土地と第一土地の交換は、中学校建設用地の確保という公共的目的を達成するため滋賀県愛知郡日枝村及び同県犬上郡豊郷村が同村農業委員会の関与のもとに半ば公権力によって行ったものであり、かつ、学校建設実現を急いだ村当局は、右交換について知事の許可手続を経ることによる遅延を避けるため、偶々当時村当局が国の自作農創設事務を代行していたところから、便宜上自創法の規定による売渡の手続を借用したものであるにすぎない。したがって、被控訴人は、このような事情のもとでされた交換契約により、知事の許可なくして第一土地の所有権を取得したものである。

2 仮にそうでないとしても、村当局は、土地収用の方法により中学校建設用地を確保すべきところ、煩雑な収用手続を避けるため、被控訴人に対し、訴外川崎松太郎及び同宇一郎兄弟所有の第一土地を代替地に充てることを条件として第四土地を提供するよう要請し、その結果村当局と被控訴人及び川崎兄弟のそれぞれの間に交換契約が成立したものであるから、このような場合には農地調整法五条三号の規定を準用すべきであり、被控訴人は知事の許可がなくても交換契約により第一土地の所有権を取得したものというべきである。

3 仮にそうでないとしても、衣川市内は、かつて被控訴人の後見人の地位にあったことを悪用し、被控訴人が養父衣川弥一郎の家督相続により取得した財産を控訴人らに配分する意図をもって右相続財産である第四土地との交換の対象となった第一土地につき市内名義による売渡の形式をとり、被控訴人の権利を侵害したものであり、市内の相続人である控訴人らが右侵害の排除を求める被控訴人の請求を拒否することは、信義則に反するものとして許されない。

二  証拠関係《省略》

理由

一  当事者間に争いのない事実

被控訴人は、亡衣川市内とその妻やゑのの実子であるが、昭和六年三月二〇日亡衣川弥一郎及びその妻こぎくと養子縁組をし、昭和一八年七月四日養父弥一郎の死亡によりその家督相続人として第二ないし第四土地の所有権を取得したこと、控訴人峯生は第二土地について、控訴人謙三は第三土地について、いずれも昭和二二年一一月四日売買を原因として被控訴人から所有権移転登記を経由していること、第一土地につき、昭和二五年一二月二日自創法一六条の規定に基づく売渡を原因として国から市内のため所有権取得登記がされ、更に昭和二六年七月三〇日市内死亡による相続を原因として控訴人峯生のため所有権移転登記がされていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  第一土地について

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  豊郷村、日枝村の村会は両村の中学校である豊日中学校の校舎新築用地を日枝村大字上枝小字八目前に三町歩と定め、各村当局が右用地予定地の所有者に交渉した結果、用地提供者には代替地を与える条件で土地の提供を受けることとなった。そして、右代替地については、豊郷村が一町三反五畝を、日枝村が一町六反五畝をそれぞれ分担してまかない、各村当局は両村の土地(主に農地)所有者からその耕地面積に比例した土地の供出を受け、これを順繰りに代替することにより用地提供者に対して提供土地に見合うほぼ等しい面積の代替地を与えることとした。

2  このような中学校新設用地取得のための手続の一環として、訴外川崎松太郎、同川崎宇一郎兄弟は、その所有にかかる第一土地を村当局の要請に応じて代替地に充てるため村当局に譲渡し、他方、被控訴人は、昭和二五年八月二五日その所有の第四土地を中学校新設用地として村当局(豊郷村及び日枝村)に譲渡し(この点は当事者間に争いがない。)、同年一二月二日その代替地として村当局から第一土地が譲渡された。

3  村当局は、右のような中学校新設用地提供者に対する代替地(農地)の譲渡について農地調整法所定の知事の許可を得る手続を各別に履践していたのでは時間がかかり早急に用地を確保することが困難であったところから、手続の簡略化をはかりあわせて登記費用の節減をはかるため、偶々当時村当局及び村農地委員会が自作農創設の事務を大量に取り扱っていたのに便乗し、便宜上自創法の規定に基づく買収・売渡の形式によって代替地の取得者に対する所有権取得登記手続を行うこととした。

4  ところで、被控訴人の養父弥一郎死亡当時被控訴人は未成年であり、養母こぎくが他家へ再婚するということもあって実父である市内が昭和一九年六月一二日被控訴人の後見人に就職し、被控訴人の身柄を預かることとなり、その際、こぎくから市内に被控訴人が家督相続により取得した土地(第二ないし第四土地を含む。)の権利証等の関係書類をすべて引き渡し、爾来市内が後見人としてこれを管理し、昭和二二年五月二二日被控訴人が成年に達し後見が終了したのちも、被控訴人は、その財産の管理処分一切を従前と同様市内に委ねていた。このような事情から、第四土地を中学校新設用地に提供しその代替地の交付を受ける手続は、被控訴人所有財産について包括的な管理権限を有する市内によってすべて処理されたものであり、村当局は、第四土地が被控訴人の家督相続財産の一部であることを熟知していたが、被控訴人の実父である市内にその処分の権限があるものと信じて市内と交渉した。そして、被控訴人は、第四土地を提供したのち約一年を経過したころ市内から学校敷地として被控訴人名義の田圃が買収されたのでその代替地を貰うことになった旨の話を聞かされた。しかるに、第四土地の代替地である第一土地について前記のとおり市内に対する売渡を原因とする所有権取得登記が経由されているのであるが、もとより第一土地について自創法一六条の規定に基づく売渡処分がされた事実はなく、手続上の便法として売渡の形式がとられたものにすぎず、また、市内名義の登記がされているのは、村当局の事務担当者が第一土地について所有権移転登記手続をするに際し、書類上、売渡の相手方として第一土地の取得者である被控訴人の氏名を記載すべきところ、誤って市内の氏名を記載したことによるものというほか他に原因を見出し難い。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、被控訴人は、その代理人市内によって被控訴人所有の第四土地を豊日中学校新設用地として村当局(豊郷村及び日枝村)に譲渡し、その代替地として村当局から第一土地の譲渡を受けたものといわなければならない。

ところで、第一土地が農地であり、村当局から被控訴人への第一土地の譲渡による所有権移転について、当時施行されていた農地調整法四条所定の知事の許可がされていないことは当事者間に争いがないから、本来ならば右譲渡による所有権移転の効力は未だ生じていない筈のものであるといわなければならない(許可なくして当然に所有権移転の効力を生じたとする被控訴人の主張は採用し難い。)。しかしながら、前記認定の事実によると、被控訴人の実父である市内は、被控訴人の後見が終了したのちもその所有財産の管理処分を全面的に委ねられていたため、第四土地の提供及びその代替地である第一土地の取得について被控訴人の代理人として一切を処理したのであるから、被控訴人のため確実に第一土地の所有権を取得し、かつ、その旨の所有権取得登記を経由すべきものであったにもかかわらず、村当局が便宜的措置として自創法の規定に基づく売渡の形式によって所有権移転登記手続を行うことに同調したばかりでなく、売渡の相手方ひいて所有権取得登記の名義人が市内とされているのをそのまま放置したものであるから、右名義人の齟齬を生じた原因が市内の意図的工作によるものであるか又は事務担当者の単なる手続上の過誤によるものであるかのいずれであるにせよ、市内が、偶々その名義の所有権取得登記がされていることを奇貨として、右登記簿の記載どおり市内のため第一土地の売渡処分がされた旨の真実に反する主張をし、同時に被控訴人の第一土地の所有権取得につき知事の許可の不存在を主張し、その所有権取得の効力を否定することは、信義則上許されないものといわなければならず、この理は、市内の相続人としてその法的地位を承継した控訴人らについても同様であると解するのが相当である。

そうすると、被控訴人は、控訴人らに対する関係においては第一土地の所有権者として、これを争う控訴人らに対し所有権の確認を請求することができ、また、第一土地につき市内から相続を原因とする所有権移転登記を経由した控訴人峯生に対しては、真正な登記名義の回復のための所有権移転登記手続を請求することができるものといわなければならない(したがって、附帯控訴にかかる第一土地に関する予備的請求については、当審において判断を示す必要はない。)。

二  第二土地及び第三土地について

第二土地の売渡証書である乙第四、第五号証の被控訴人作成部分の成立を認めるに足りる証拠はないから、右書証をもって控訴人峯生が被控訴人から第二土地を買い受けた事実を認めるべき証拠資料とすることはできず、原審における控訴人峯生の供述中、控訴人峯生が第二土地につき、控訴人謙三が第三土地につきいずれも被控訴人からその所有権の移転を受けた旨の控訴人ら主張に副う部分は、《証拠省略》に照らして採用し難く、その他本件の全証拠によっても右控訴人ら主張事実を認めることはできないから、控訴人らが右各土地につき経由した所有権移転登記の抹消登記手続をすべき義務を負うことは明らかであり、右義務の履行を求める被控訴人の請求は正当である。

三  以上の次第で、被控訴人の控訴人らに対する請求をすべて認容した原判決は正当で、控訴人らの各控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 岩川清 島田禮介)

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